オルバーン政権と新型コロナウィルス

オルバーン政権と新型コロナウィルス

オルバーン政権と新型コロナウィルス

荻野 晃

2020年3月9日から18日まで出張でブダペストに滞在しました。新型コロナウィルス(COVID-19)について、昨年12月上旬に出張の日程を決めた時点で、私は存在すら知りませんでした。2020年に入って中国で感染が拡大した当初、欧州では遠い海の向こうの出来事のようでした。しかし、2月以降にイタリアやフランスで急速に感染が拡大すると、状況が一変しました。3月初めには、ハンガリーでも感染者が確認されました。

私がブダペストへ発つ時点で、ハンガリーでの感染者はまだ一桁台にとどまっていました。だが、出発間際にブダペストのホテルから日本人の団体客がコロナウィルス感染の疑いで、医療機関に搬送されるニュース(検査結果は全員陰性)が伝わると、周囲から心配する声が挙がりました。勤務校の出張担当の職員から「本当に行かれるのですか?」と、出発の前々日に確認の電話がありました。ちなみに、日本人の団体客が滞在していたのは、メルキュール・コロナ・ホテルでした。私としては、シェンゲン協定加盟国への入国審査が少し厳しくなったり、街中でアジア人への視線が冷たくなったりする程度だと認識していました。

私がブダペストに到着した頃、オルバーン首相は西欧諸国でのコロナウィルスの感染拡大に警戒感を強めていました。3月11日にハンガリー政府は感染拡大を防止するために非常事態を宣言しました。しかし、最初の数日間はイタリア、中国、韓国、イランからの外国人の入国禁止、大学の休講、図書館、美術館、博物館などの休館くらいの措置でした。実際に、まだ街中で中国系移民以外にマスクをしている人はほとんど見かけませんでした。ただ、3月13日に国立公文書館が閉まったのは、私個人としては痛かったのですが。

しかしながら、3月15日の1848年革命記念日の後、街中に変化が生じました。祝日明けに、現地で購入した古書、新刊書を送るため郵便局へ行くと、窓口の数しか局内に人を入れないようになっていました。同様の措置は、処方箋薬局でも取られました。路線バスでは、運転手の感染防止のために、最前列の座席にテープを張り、一番前のドアからの乗客の乗り降りが禁止されました。さらに、マクドナルドなどのファストフード店は、テイクアウトのみの営業となりました。街では、少しずつマスクをつけた人の数が増えていきました。

3月15日の夕方、帰国の際に乗る予定のウィーン行きが欠航になる連絡が入ってから帰国前日の17日まで、3回にわたり帰国便が変更になりました。欧州の主要都市を結ぶフライトの多くが運休し始めていました。18日の夕方、羽田行きに乗り換えるフランクフルト空港に着くと、一部のドリンク・バーを除き、すべての店が休業していたのには驚きました。長崎に戻ると、4月2日まで14日間の自宅待機を余儀なくされました。日本政府が欧州からの帰国者に14日間の自宅待機を要請するなど、出発前に想像もできませんでした。

次に、私が帰国した後のハンガリーでの新型コロナウィルスへの対策、感染状況について述べます。欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会(EC)やEUの立法府にあたる欧州議会(EP)は、先述のオルバーン政権による非常事態宣言に批判を強めていました。2010年にオルバーンが首相に復帰した後、EC、EPでは彼の強権的な政治手法に批判が高まっていました。とくに、2015年の欧州難民危機以降、ハンガリーは難民の受け入れをめぐってECとの対立を繰り返してきました。コロナウィルス対策でオルバーンの強引な統治姿勢がさらに強まり、人権侵害や極端な私権の制限につながるのをEC、EPは懸念したのです。3月30日にハンガリー国会で非常事態法が成立し、外出制限に従わなかったり、感染防止策を妨げるフェイクニュースを流したりした場合に禁固刑を科すことが可能になりました。3月28日に出された外出制限は、4月11日に無期限に延長されました。Századvégの世論調査によれば、有権者の91%が外出制限の延長を支持したそうです。世論調査といっても政権に批判的な報道が難しい状況なので、ある程度、結果を割り引いて受けとめるべきですが。

オルバーン政権の早めの対策もあって、ハンガリー国内での感染者は隣国オーストリアをはじめとする西欧諸国と比較すれば少数にとどまっています。(4月23日現在、感染者2,284人、死亡者239人)。しかしながら、ブダペスト市内の高齢者施設で集団感染が発生するなど、65歳以上の高齢者の死亡が増加しています。さらに、西欧と比較して分母(感染者数)が小さいため、欧州諸国の中でのハンガリーの致死率は、爆発的な感染拡大が起こったイタリア、スペイン、フランス、英国に次ぐ高い比率です(4月23日現在、10.5%)。

コロナウィルス感染防止をめぐっては、世界中で人の国際移動の制限、とくに外国人への厳格な入国管理が実施されています。1990年代以降にヒト、モノ、カネ、サービスの移動の自由を促してきたグローバリゼーションが、皮肉にもウィルスの移動の自由までもたらしたのです。とくに、コロナウィルス対策では、域内の単一市場を形成してきたEUの存在感が低下しています。現在、オルバーンはイギリス離脱(Brexit)後のEU内部におけるパワーバランスの変化への対応を模索しており、難民問題への対応と同様にコロナウィルス対策も国内基盤の強化につなげようとしているのでしょう。国民の生命を守るのは、最終的に主権国家であると強調することによって。


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